“PHPを勉強した心の友(エロ本を共有することで互いのちんこの形を同期しあった仲だ)が、「西木野真姫に感謝するツール」を作っていて、やはり俺の終生の目標はこいつを超えることだなと”

長老「また今年もヤマタノオロチが若い娘を差し出せと言っておる…このままでは娘がいなくなってしまう」
男「長老、私が女装しましょう。なあに、この村の為です」
長老「すまぬ…すまぬ…」

~一年後~

ヤマタノオロチ『男の娘を差し出せ…』
村人「ハードルがあがったぞおおおぉ!!」

“勘違いをしている人が多いように思いますが、知識があるから疑問をもつことができるのです。知識はわかるために必要なのではなく、わからないことを発見するために必要なものです。デザイン思考が重視する観察という方法においては「わかる」ことが重要ではなく、目の前の普段と変わらない光景を「これはなぜここにあるの?」「なぜ、みんな、そんな風にするの?」と好奇心をもった目で見つめなおし、自分自身の物事の見方を変えることこそが重要なのです。見る対象が変わるのを望むのではなく、自分自身が変わるのです。”

ニート喫茶作る。

店に入ると「ハロワはどうだっったの?」と挨拶されて「うるせぇ!」って答える。
雑誌を持ってきたら「まんがタイムきららキャラット頼んだのにまんがタイムきららマックスじゃねーか!」って返すし部屋に入って「おいババァ!飯まだかよ!」って床ドンするとドアの前に食事が置かれる

“人間は職場に入ってから250rblgしないと業務行動に移れないと言われています。”

でも、普通は疑いますよ。科学論文はそういうものだから。

 僕も経験しましたが、実験中に、例えばすごく面白いデータが出るじゃないですか。先生の所に飛んでいきますよね。「先生、先生、超すごいんですけど、こんなデータが出ましたよ」と持っていくと、間違いなくこう言われますね。
「あ、それ、何回目なの」
「1回です」
「じゃあ、だめだよね」

 僕は実験をやり直す。3回やり直したけど結果は変わらない。そうするとさすがにちょっと顔色が変わって、でも、「お前の腕じゃ怪しいな」と言われるんですよ、絶対に。

なるほど。実験したのが身内でもまずは疑問の目で見る。

丸:で、「ちょっと3カ月待って」と言って、研究室のメンバーがやり直すんです。それで、結果が変わらなければ「すごいな、正しいぞ、これ。これは論文になるから一緒に頑張ろう」。こうなるんですよ、普通は。

 学部生の実験だろうが、ネイチャー掲載の論文だろうが、徹底的に疑って再現実験を繰り返す。なぜかといえば、科学とは常に間違う可能性を含んでいるものだからです。そして、故意かどうかは全く別の問題ですが、「誤りを含んでいること」自体は大きな問題ではない。

え? なぜでしょう。

丸:データの解釈には常に推論を含みますから。そしてもしも「完全に正しい論文以外、発表してはいけない、掲載してはいけない」、ということにでもなったら、科学の推進力は大きく失われてしまうから、です。

あ、もしかして「ネイチャー」を初めとする科学論文誌は、科学者が自分の論文の誤りを、みんなに見つけてもらう場所、ということですか?

丸:そう、人間だから誤りは避けられない。自分の能力だけでは限りがある。だから、世界中の優秀な科学者がよってたかって誤りを捜して潰す。そのために科学論文と、それを掲載する雑誌がある。そういう見方もできると思います。

“人間は追い詰めるほど性能が下がるってなんでわかってくれないの・・・”
妻に「なんで○○してくれないのよ」と
か言われると効率的にやる気が削がれるのだけど、ちょっと気を利かせて「○○しろ」と少佐口調で命令してもらうようにしてみたら、きびきびと体が動いた、
という自己管理ライフハック。ちなみに妻の場合「○○しろ」の後には大抵「トグサ」と続く。



9:47 PM Jun 3rd

via Twitim

塩分で米をたらふく食う
これが一般的日本人の食事の本質

あらゆる料理はご飯のおかずとして調理されていて
すべてはコメを掻き込むための動機にすぎない